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横浜地方裁判所 昭和49年(ソ)4号 決定

申立人 国

訴訟代理人 坂田孝志 外一名

被申立人 平出守 外一名

主文

原決定を取り消す。

理由

一  本件抗告の趣旨は主文同旨であり、その理由は別紙抗告の理由記載のとおりである。

二  原決定によれば、抗告人は自動車損害賠償保障法七六条にもとづく損害賠償請求権に関し、平出守および平出務を各相手方として小田原簡易裁判所に対して即決和解の申立をしたところ同裁判所は、申立人の提示した和解案につき(1) 条項一、(ハ)の「完済に至るまで」との文言は和解条項全体からみると特定性に疑いがあること、(2) 和解条項三、と二、は弁済充当ついての規定相互の関係から債務名義としての不明確性が残ること、(3) 和解条項一、(ハ)の年八・二五パーセントの割合による延納利息と金三、〇〇〇、〇〇〇円弱を一時に支払う分割弁済契約は相手方らに対し著しく不利益を与えるものであること。(4) 右(1) (2) (3) につき裁判所が申立人に対し釈明し再考を求めたにもかかわらず申立人がこれを拒否したこと、以上のことから本件和解の申立はその要件を欠く不適法なものとしてこれを却下したことは明らかである。

三  ところで、民事訴訟法三五六条に規定するいわゆる起訴前の和解の申立については、その要件として、申立人は請求の趣旨および原因ならびに争の実情を表示することとされている。

本件記録中の抗告人(申立人)の起訴前の和解の申立書によれば、請求の趣旨が推認される「和解条項」と請求の原因が表示されていることは明らかなところであり、争の実情の表示は必要的記載事項でないから、本件申立はその記載からして公序良俗に反しないかぎりその要件を欠くものとは言えない。

四  原決定は、和解条項一、(ハ)の「完済に至るまで」との文言は和解条項全体からみると不特定の疑いがあり、和解条項二、三は弁済充当の関係から不明確性が残るとしているので、この点について検討する。

1  和解条項一、(イ)は求償金債権金三、五八四、二九四円を表示し、一、(ロ)は右元金に対する昭和四八年九月一三日から本和解成立の日まで年五パーセントの割合による遅延損害金のうちすでに支払済の金五〇、〇〇〇円を除いた金額と記載し更に一、(ハ)は右元金に対する本和解成立の日の翌日から完済に至るまで年八・二五パーセントの割合による延納利息と約定しているのであるから、一、(ハ)の右元金とは一、(イ)の金額を指すものか一、(イ)(ロ)の合計額に相当する金員を意味するものか特定に疑いなしとしない。和解条項二、に右一、(イ)(ロ)の合計額に相当する金額についての分割支払の条項があるが、これをもつて右合計額を当然に元金と解釈することもできない。よつて、原裁判所としてはこの点を釈明し一、(ハ)の元金の表示を明確にすべきである。そして、本件記録によると、抗告人がこの点についての訂正を拒否した形跡は認めることはできない。

2  次に和解条項二、三の趣旨を合理的に解釈すると、本件相手方らは抗告人に対して一、(イ)(ロ)の合計額に相当する金額について昭和四九年四月から同五四年二月まで毎月末日限り金一〇、〇〇〇円あて、同年三月末日限り残額全部を支払うこと、相手方らが右分割弁済を滞りなく完了したときは一、(ハ)の延納利息に相当する金員を免除すること、相手方らが、右分割弁済を一、の(ロ)(ハ)(イ)の順序によつて充当し、残元金とこれに対する一、(ハ)に定める年八・二五パーセントの割合による延納利息を併せ弁済せしめるというにある。従つて、原裁判所は和解条項二、三を右の趣旨に従つて整理し明確にさせるべきである。

3  右の解釈によると、相手方が分割弁済を滞りなく完了したときは問題とならないが、いつたん延納すると、弁済の充当が一、の(ロ)、(ハ)、(イ)の順序でなされるため、少額の弁済ではほとんど一、(ハ)に充当され、一、(イ)にまで充当されることは稀となり、完済に至る迄相当の年月がかかることが予想される。しかしながら、残元金の額と延納利息の利率ならびに充当の順序が明確であるかぎり、計算上完済までの総債務額とその弁済予定の日時を特定することができないものではないから、「完済に至るまで」の文言に不特定の疑いはないものというべきである。

五  なお、原決定は、前記一、(ハ)の年八・二五パーセントの延納利息の定めと分割弁済の金三、〇〇〇、〇〇〇円弱を一時に支払う旨の約定は、相手方らに対して著るしい不利益をあたえるもので相当でないとしている。

抗告人が国であり、相手方らが資力の少い個人でしかも病気療養中とあれば、右の定めが相手方らにとつて極めて厳しく、金三、〇〇〇、〇〇〇円の大金の支払が容易にできるものとは考えられない。

しかしながら、抗告人は、自動車損害賠償保障法七二条一項にもとづき、相手方平出守の惹起した交通事故の損害賠償としてすでに金三、五八四、二九四円を被害者の相続人にてん補しているのであるから、同法七六条一項にもとづき速かにこれが求償を為し、或は同法七九条によつて過怠金を徴収することは、これまた正義の要求するところである。

本件の年八・二五パーセントの利率はもとより利息制限法の範囲内の利率であるし、金三、〇〇〇、〇〇〇円弱を一時に支払う旨の約定も右に述べたことから公序良俗に反する場合に当らない。

六  そうすると、本件申立はその要件方式を備えた適法な和解申立と解されるから、原裁判所は釈明に対し申立人が再考をなさなかつたからといつて直ちに申立を却下することなく、前述のように合理的な理由を示して釈明を行い、或は適正な和解条項を示してその理由を教示するなど努力を払い、もつて、和解条項の意味の不明、不特定、矛盾などを避けるべきである。従つて本件申立を不適法として却下した原決定は失当というべきである。 よつて本件抗告申立は理由があるから、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 石藤太郎 大見鈴次 森真二)

別紙

抗告の理由

一 抗告人は、昭和四九年三月四日、相手方らに対する自動車損害賠償保障法に基づく求償金請求のため、小田原簡易裁判所に対し、民事訴訟法第三五六条の規定による和解の申立をしたところ、第一回和解期日が同月二五日と指定された。抗告人指定代理人及び相手方らが右期日に出頭したところ、裁判所は、抗告人指定代理人に対し、申立にかかる和解条項案(以下「本件和解条項」という。)につき、求釈明をし、本件和解条項の一部を削除するよう勧告した。抗告人指定代理人は、右釈明には応じたが、条項案については、右案どおりの和解の成立を希望する旨述べた。裁判所は、四月九日付をもつて本件和解申立を却下する旨の決定をし、右決定は、同月一七日抗告人に送達された。

二 原決定が、本件和解申立を却下した理由は、必ずしも明らかでないが、抗告人の本件和解条項に不特定ないし不明確な点があるうえ、本件和解条項が相手方に酷であること、抗告人が裁判所の釈明、再考の求めを拒否したこと、相手方が、裁判所の釈明に対し賛意を表したことにある。しかしながら、原決定の言うところは、いずれも、本件和解条項及び当事者の真意を正しく理解しないものであり、また、却下事由となしえない事項を却下理由とした点において民事訴訟法第三五六条に反するものである。以下、原決定の却下理由とするところにしたがつて、右理由がいずれも失当であることを明らかにする。

1 原決定は、本件和解条項第一項(ハ)の延納利息の率は(ロ)の遅延損害金に比して高率であり、相手方らの事情(病気療養中)を考慮すれば八・二五パーセントより下げることが可能であるのにこれを下げなかつたことは不当であると指摘する。しかしながら、この率は、国の債権の管理等に関する法律(以下単に「法」という。)第二六条、同施行令(以下単に「令」という。)第二九条本文に基づき、大蔵大臣が定める率(昭和四五年大蔵省告示第六一号)により法令上定められたものである。なるほど、令第二九条但書によれば、履行延期の特約等を参酌すれば不当に又は著しく負担の増加をもたらすことになり、その率によることが著しく不適当である場合には、この率を下げる率によることができるものとされているが、本件においては、相手方平出守にはぜんそくの持病はあるももの、その父である相手方平出務は健康であり、一流会社に勤務して月収一五万円程度の収入があるうえ、本件延納利息は、相手方らにおいて和解条項どおりの分割弁済を滞りなく完了したときはその全額が免除されるのであり、その率の高低は結果的に意味をもたなくなるのであるから、令第二九条但書に該当しないことは明らかである。

2 原決定は、本件和解条項第一項(ハ)の「完済に至るまで」との文言は、和解条項全体からみると不特定の疑いがあると指摘する。しかしながら、右の金員は、延納利息なのであるから、「完済に至るまで」とは、履行期日の定めのある金員である本件和解条項第二項の金員(第一項の(イ)(ロ)の合計額に相当する金員)が完済に至るまでであることは、和解条項全体から明らかに特定されている。

3 原決定は、本件和解条項第二項によれば、相手方らの毎月の分割弁済額が一万円ずつであるため、仮にこれが元金に充当されるとしても最後の弁済期に支払う額が約三〇〇万円に達し、これは相手方の資力ではとうてい一度に支払うことができないものであるから、再度和解申立をなし又分割支払を認める意向ならば、その旨規定しなければ相手方らは危険な地位に立つと指摘する。

しかしながら、一か月一万円ずつの分割弁済としたのは、相手方らの希望と事情を考慮して抗告人が譲歩した結果によるものであり、一方、履行期限の延長には制限がある(本件におけるごとく、履行期限後の債権については、法第二五条の規定により、五年以内と定められている。)ので、その限度の五年まで延長しても、最終回に高額の残金を支払うことになるのはやむを得ないのである。これを回避するとすれば、一回あたりの弁済額を増額するより方法がない。原決定は、再度和解申立をなし又分割支払いを認める趣旨ならば、その旨を規定しなければ相手方らは危険な地位に立つと指摘する。確かに、実際の債権管理事務の取扱いとしては、最終期限到来時に、再和解をしてさらに履行期限を延長するのが通常であるが、かかる事態は、和解条項に規定しなくとも、法第二五条但書において予定するところである。もし、以上の規定をこえて、抗告人に再和解に応ずる義務を求めるならば、それは、法第二五条本文の規定を潜脱することになり、許されない。相手方らはすでに、弁済期の到来した高額の求償金債務を抗告人に対して負担しているのであり、抗告人は、訴の提起、支払命令の申立等により債務名義を得ることもできるのである。したがつて、相手方らは本件和解によつてことさら危険な立場に立たされるのではないから、和解条項に再和解について規定しないことによつて本件和解が不当なものとなることはないのである。

4 原決定は、本件和解条項第三項で、第二項記載の分割弁済を滞りなく完了したときは、申立人は相手方らに対して第一項(ハ)の延納利息に相当する部分を免除する旨の規定が、第二項の充当の条項との相互関係上疑義があり、債務名義として不明確であると指摘する。しかしながら、第二項は、元金と遅延損害金に相当する金額を分割弁済すること(すなわち、延納利息に相当する金額は分割弁済の対象としない。)及びこれを遅延損害金、延納利息、元金の順序に充当することを規定するものであり、第三項は、元金と遅延損害金に相当する金額の弁済が滞りなくなされた場合は、延納利息に相当する金額(延納利息それ自体ではない)。を免除する旨を規定しているのであつて、何ら不明確な点はないのである。

5 原決定はさらに、「国たる申立人が求償金につき割賦販売業者の如き和解申立をなし……」という。しかしながら、無保険自動車の運行によつて事故を起こし、その被害者の損害を抗告人にてん補させたことにより、抗告人に対して求償金債務を負担する者及びその債務引受人に対して、抗告人が、債権管理法の規定に基づき求償金を請求するに際し、相手方らの希望及び事情を考慮したうえ、できるかぎりの譲歩をして和解をしようとすることにつき、裁判所から「割賦販売業者の如き和解申立」という内容不明の表現をもつて非難を受けるいわれはない。

6 原決定は、弱い立場にある相手方らは「何もわかりませんので公平によろしくお願いします。」と裁判所の釈明に暗黙のうちに賛意を表したともいうが、これは裁判所の独断である、相手方らは、抗告人指定代理人との事前の和解折衡を経たうえで和解期日に出頭していたものであるが、その希望する条件を容れた本件和解を成立させることを望んでいたのであり、裁判所から意見を求められたときに「よくわかりませんのでよろしくお願いします。」と述べたのは、裁判所と抗告人指定代理人の法律上のやりとりがむずかしくて十分に理解できなかつたからであつて、裁判所の求釈明に賛意を表したものではない。現実の問題として、相手方らは、本件和解申立が却下され、和解が成立しなかつたことにより、第一回和解期日の翌日から、元金三五八万四二九四円に対する年五パーセントの割合による遅延損害金を余分に負担することを余儀なくされているのである。

7 なお、原決定が「第一回和解期日に於て申立人に釈明し再考を求めたとごろ申立人はこれを拒否した。」と述べるところも事実に反する。抗告人指定代理人は裁判所の求釈明(但し、その箇所は、原決定摘示のものと異る。)には応じたが、和解条項の訂正指示(但し、その箇所は、原決定摘示のものと異なる。)には従う必要がないと判断したので、これに応じなかつたものである。

8 かりに、原決定摘示の事実のうち、第一項1・2及び第二項の理由により、相手方との合意に至らないというのであれば、裁判所は、和解不調として、事件を終結すべきである。かかる理由により、その効果においても異にする(民事訴訟法第三五六条第三項)却下の決定をすることは許されない。

三 以上述べたように、原決定の理由とするところは、自動車損害賠償保障法により抗告人が取得した求償金請求のための和解申立の趣旨に対する正当な理解を欠き、本件和解条項が、債権管理に関する法令上の制約のもとにあることを没却するものであり、違法であるので、原決定の取消しを求めるため本抗告に及ぶ。

参考(原決定)

決  定

当事者の表示 別紙〈省略〉のとおり

主文

本件和解申立を却下する。

理由

一 本件和解条項は別紙のとおりであるが、当裁判所は次の諸点について疑義があり第一回和解期日に於て申立人に釈明し再考を求めたところ申立人はこれを拒否した。

1 和解条項第一項同は年五パーセントの割合による遅延損害金であるが同項(ハ)は年八・二五パーセントと高率になり、この根拠は債権管理法令によるとのことである。しかし同法令によつても本件の相手方らの事情(病気療養中)を勘案すれば右八・二五パーセントを下げることは可能であり「完済に至るまで」との文言は和解条項全体からみると不特定の疑いがある。

2 第二項において相手方らは一か月一万円づつの分割弁済をなし最後の昭和五四年三月は残額全部を支払うとある。結局仮に元金に右一万円の分割金が充当されたとしても約三〇〇万円弱を一度に支払うことになるのである。

相手方らの資力を考慮すれば到底出来ない相談であり、申立人が右時点に於て再度和解申立をなし又分割支払を認める意向ならばその旨規定しなければ相手方らは危険な地位に立つ。

3 第三項の規定は第二項の充当の条項との相互関係上疑義があり債務名義として不明確である。

二 国たる申立人が求償金につき割賦販売業者の如き和解申立をなし、弱い立場にある相手方らは「何もわかりませんので公平によろしくお願いします。」と右裁判所の釈明に暗黙のうちに賛意を表した。よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 永井三郎)

和解条項

一 相手方らは、申立人に対して、つぎの債務を負担することを確認する。

(イ) 自動車損害賠償保障法第七六条第一項による求償金債権金三、五八四、二九四円。

(ロ) 右元金に対する昭和四八年九月一三日から本和解成立の日まで年五パーセントの割合による遅延損害金のうちすでに支払済の金五〇、〇〇〇円を除いた金額。

(ハ) 右元金に対する本和解成立の日の翌日から完済に至るまで年八・二五パーセントの割合による遅延利息。

二 相手方らは、申立人に対して、前項記載の債務のうち(イ)、(ロ)の合計額に相当する金額をつぎのとおり分割して支払う。

これを申立人は(ロ)、(ハ)、(イ)の順序により充当する。

昭和四九年四月から昭和五四年二月まで毎月末日限り金一〇、〇〇〇円あて、昭和五四年三月末日かぎり残額全部。

三 相手方らが前項記載の分割弁済を滞りなく完了したときは、申立人は、相手方らに対して、第一項記載の債務のその余の部分(延納利息に相当する金員)を免除する。

四 つぎの場合において、申立人が第一項の債務のうち支払末了の部分の全部又は一部についてその履行期を繰り上げる旨相手方らに通知したときは、相手方らは当該金額の範囲について期限の利益を失い、即時これを支払う。

(イ) 相手方らが第二項の分割弁済を怠り、その遅滞額が二回分以上に達したとき。

(ロ) 相手方らが強制執行を受け、租税その他の公課につき滞納処分を受け、又は相手方らの財産につき競売法による競売の開始があつたとき。

三 本件和解費用は各自弁とする。

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